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  • カトリック京都司教区
  • 4 時間前
  • 読了時間: 1分

善人ばかりの家庭は

争いが絶えない。



仏教の法話より












わたしたちはたいていの人が、自分は善人だと思っています。そして、自分の善悪の基準を絶対視していく者同志で、凄惨な争いが繰り返されていきます。

宗教とて例外ではありません。現代はまさに、宗教という名を借りた攻撃と応酬、偽善の行いの繰り返しです。

わたしたち人間の善悪の物差しは、時代や場所によって大きく揺れ動いていくもので、絶対正しいものなどありません。ただ、わたしの物差しで人を測るのではなく、真理の智慧に照らして問い直していくことが必要ではないでしょうか。

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