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事実

  • カトリック京都司教区
  • 2023年11月9日
  • 読了時間: 1分

更新日:2025年6月11日



聞いてわかった

そんなものは

信ではなかった

聞いている 身の事実が

ありがたいのだ





浅田正作 骨道を行く(法蔵館)


わたしたちは、聖書や教義をいろいろ聞いて理解して、わかることが自分の信仰を深めるのだと思っています。しかし、わかったということは、真実をわたしの身に引き寄せて、自分勝手に納得しただけに過ぎません。わたしたちは、どこまでいっても自分の都合で、物事を見、捉えることしかできません。その我が身の愚かさを知らされるとき、聞かせていただいていることそのことが大事なのだということに気づかされるのです。わたしがわかったというようなことは、何事でもないのです。

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